【長期休暇恒例企画?】塾の先生が学校の宿題を本気でやってみた② ~主張作文編~

こんにちは、加茂駅前校の津村です。

さてなんだかんだと連日授業に追われていたらいつの間にかお盆の時期が近づいてまいりました。そんなお盆の時期に日本人はこの時期に必ず意識するモノがあると思います。

そう、78年前の8/15に終戦を迎えた太平洋戦争です。

この戦争で、日本人は300万人近い犠牲者を出し、日本中に行われた空襲や2度の原子爆弾の透過によって焦土と化しました。そして、そのような凄惨な歴史を二度と繰り返さないために、小中学校では平和教育という形で戦争体験者の話を聞いたり、戦争の被害などを伝える博物館に行くなどして『戦争の凄惨さ』を伝えています。

さて、今回は夏休み宿題企画の第2弾として、この平和教育をベースにしながら主張作文をやってみたいと思います。

民間教育機関勤めの津村が感じる平和教育の落とし穴とは?


語り部のいない未来 平和学習の今後

1945年8月15日は日本人にとって忘れられない日です。1941年12月8日より始まった太平洋戦争が、ポツダム宣言の受諾によって日本の無条件降伏が決定し、第2次世界大戦が終結した日です。この戦争で、兵士210万人と一般人80万人(当時植民地だった朝鮮半島・台湾人など含む)の尊い命が奪われ、戦中の日本社会は物資統制・言論統制など当時の軍部や政権の圧力で暗い世相が広まっていたと言われています。そして、そんな凄惨な戦争の経験から、現在の日本で広まっている戦争に対する考え方は、『絶対にやってはいけないもの』となっています。

そして、そんな凄惨な経験を幸福にもせずに済んでいる私たちに戦争の恐怖と平和のありがたみを伝えてくれているのが、実際に戦火を経験されたお爺さん・お婆さんから体験談を聞くなどする平和学習です。私たちは彼らの語る話や、戦争を題材とした話を知る事で、戦争の恐ろしさを知ることが出来ます。

しかし、この平和学習ですが、学習(というより指導)を進めれば進めるほど、私は「空襲や原爆の話ばかりで、戦地に向かう父や兄をバンザイと共に送り出した人のような戦争に賛成した人たちの話は聞かないよな。」と感じています。果たして、当時日本国民7000万人は本当に全員、戦争に賛成『させられて』いたのでしょうか?少なくとも『はだしのゲン』や『火垂るの墓』『この世界の片隅に』などの戦争の時代を書いた作品を見ていると本心から戦争に賛成して、協力的だった人は大勢いるように思います。

ただ、これについては仕方のない部分もあると思います。ほとんどの語り部は【幼少期・児童期に太平洋戦争を経験した民間人】という人が多く、その経験もほとんどが【物品統制による空腹】【学童疎開】【空襲】【原爆】となっています。 こういった立場の人は、戦争を行うまでのプロセスにはどうやっても関与できる立場にない(投票権すらない)という【どうしようもなかった人々】であるため、語り部の皆さんは【ただただ巻き込まれた被害者】となるわけです。そして、そのような人の話のみを聞いていると、戦争というのは【国家が誤った判断によって起こす】ものであり、その代償として【大きく自由が制限された末に命や生活基盤が奪われる】というイメージを形成しやすい傾向にあるように感じられます。

では、戦争をした日本の本当の姿は、どのような国だったのでしょうか?これを知るには、当時置かれていた多くの立場を学ぶ必要があると思います。私は次の3点から第2次世界大戦を見つめる事で、よりよい平和学習を行うことが出来るのではないかと考えています。

①1944~45年の戦争の体験(つらい戦争体験)

この内容は、現在行われている語り部教育や戦争の凄惨さを伝える作品群が果たしてくれていると思います。『戦争に巻き込まれるとこうなる』『だから戦争はいけないんだ』というのが最もストレートに伝わります。しかし、この論調のみであれば、先ほど述べたように【国家の誤った判断による悲劇で戦争に巻き込まれた自分は悪くない】という意見に収着しやすいです。

②1940~42年の戦争の体験(前向きな戦争体験)

これは、1940~42年の新聞や町の写真をまとめた書籍を見ることで授業が出来るように思います。この当時は物資統制のための法整備が進む一方で、戦地は中国大陸や太平洋の遠方の島であるなど、戦争における身の危険が他人事で済んでいた時代です。当時の人たちは社会に何の不安を抱き、国に対して何を求めていたのか?これを知ることで【戦争に参加することを認めた人たち】の目線を知ることが出来ます。

③戦勝国アメリカから見た太平洋戦争(勝者側の体験)

後は『勝者側の目線』というのも外せません。戦争によってたとえ勝利がもぎ取れたとしても、自身の領土が荒廃するなどしては戦争を行う意義はありません。そういった意味では、第2次世界大戦をほぼ無傷で乗り切ったアメリカがもし静かにくるっている様子があったのなら、「やはり戦争は良くない」という結論になるかと思われます。

残念なことに、ここから先の語り部教育は語り部の皆さんの高齢化により、亡くなられたり活動を続けられなくなってきています。しかし、世界ではロシアがウクライナに戦争を仕掛けたり、中国が台湾への侵攻を始めるのではないかと警戒したり、アメリカの映画配給会社が原爆を揶揄した画像にお気に入り登録をするなど、私たちが受けてきた平和教育の理念とは反する状況が世界各地で起こっています。ただ、先ほどの3つの視点からそれぞれの立場を学ぶことで、『世界中に広がる戦争がどうしてなくならないのか?』や『戦争を始めてしまう国は何を考えているのか?』などが見えてくるように思います。そしてそのような人たちに対するアプローチを考える機会とすることがこれからの平和学習に必要なものだと感じているのです。

このタイミングで、一度平和教育のために必要な視点を整理して、よりよい平和指導を考える時期が来たのではないか。世界のニュースなどを見ているとそう思えてくるのです。


さて、いかがでしたでしょうか。例によって原稿用紙の制限枚数を大きく超える事で転記を防がせていただいてます(笑)

季節はお盆へと差し掛かります。お盆は亡くなったご先祖様が現世へと戻ってくる期間です。この際に戦争で亡くなった方への哀悼の意を込めて平和という物を普段より深く考えてみてもいいかもしれません。